蝉時雨が粉雪のように降り注ぐ田舎町。線路沿いに広がる向日葵畑の向こうで、旧校舎の時計塔が鈍い光を放っていた。この夏休み、教育実習生として赴任した私を待ち受けていたのは、予想だにしない「特別授業」だった。

「先生、泳ぎ教えてくれるって約束でしょう？」

校庭の鉄棒に片肘をかけて立つ颯太は、水泳部エースの名に違わぬ190cmの長身。半袖の制服から覗く小麦色の腕が、ゆらゆらと揺れる百日紅の枝を掻き分ける。先週プールサイドで交わした何気ない会話が、いつの間にか奇妙な駆け引きに変わっていく。

廃線となった鉄橋の下で見つけた秘密の渓流。冷たい水流が白いシャツを透かすたび、彼の筋肉の動きが水面の模様とシンクロして踊る。「ほら、もっと近くで見た方が上達早いですよ」と囁く声に後ずさりすれば、にやりと笑って足元の小石を蹴飛ばす。常に一歩先を行く少年のペースに翻弄される日々。

夜祭りの晩、肝試しに紛れて旧校舎に閉じ込められた私たち。崩れかけた理科室のドア越しに、浴衣の帯が月光に浮かび上がる。「先生が壊した扉、賠償してもらいますよ」と耳元で響く低い声。懐中電灯の光が天井を揺れる瞬間、青春の熱量計は赤色領域に振り切れた――。

田舎の夏は、大人になるための最後の試験問題を投げかけているようだった。