隅田川の東に位置する東京・向島。この地に江戸情緒を今に伝える「枕芸者」の文化が息づいています。枕芸者とは、宴席で高度な芸事を披露するだけでなく、客の心をくみ取りながら”枕元の話芸”で粋なもてなしを極める芸妓を指します。
**■ 水運が育んだ花街の歴史**
向島が芸者文化の拠点として発展した背景には、江戸時代の舟運による賑わいがありました。料亭が軒を連ねる仲之町周辺では、三味線の音とともに「おいらん道中」の風情が現在も再現されます。特に枕芸者は、古典舞踊や長唄に加え、洒落と人情が交錯する「枕言葉」の伝承者として知られています。
**■ 芸の神髄「枕狂言」**
特徴的なのは宴会芸「枕狂言」です。床の間に置かれた朱塗りの枕を小道具に、恋慕や世相を風刺する即興劇を展開。扇子を刀に見立てる仕草や、啖呵の切れ味が職人技の真骨頂です。2019年には地域の無形文化財に指定され、若手芸妓の育成プログラムも強化されています。
**■ 現代に生きる伝統**
コロナ禍で virtual お座敷が登場する中、枕芸者たちは新たな挑戦を続けます。VR空間での床山体験や、AIを活用した三味線の稽古システム導入など、伝統と革新の融合が進む向島。毎年春の「枕まつり」では、花簪を揺らしながら練り歩く芸妓の姿が、レトロモダンな街並みに映えます。
料亭「さくら亭」の女将・山田氏は言います。「枕芸とは相手の心の隙間を埋める芸。スマホ時代だからこそ、人間同士の温かな触れ合いが求められている」。向島の夜を彩る提灯の明かりが、次の百年へ続く伝統の灯を静かに守り続けています。